2019年07月07日

「信仰の継承」

創世記25:1〜11 島津吉成師

1.アブラハムの再婚
アブラハムはサラの亡き後、ケトラをめとりました。私たちの感覚からすると、サラのことをずっと思って生涯を終える方が美しいように思いますが、晩年の生活を支えてくれる人が必要だったのかもしれません。結果として、ケトラとの間に子どもたちが生まれ、「あなたは多くの国民の父となる」(17:4)という神さまの約束が、このようにして実現していったのでした。
2.アブラハムの生涯
8節を共同訳聖書はこのように訳しています。「アブラハムは良き晩年を迎え、老いた後、生涯を全うして息絶え、死んで先祖の列に加えられた」。
「人は生きてきたように死ぬ」と言われます。アブラハムのこのような生涯の終わり方は、彼がこれまでどのように生きてきたかの表われでした。
@罪の赦しによる平安に生きる
「アブラムは主を信じた。主はこれを彼の義と認められた」(15:6)。アブラハムは、神さまの恵みを信じました。そのとき、神さまは彼を正しい者と認めてくださったのです。イエス・キリストの十字架が私の罪の身代わりだったということを信じるとき、神さまは私たちの罪を赦し、義と認めてくださいます。ここから、神さまの前に平安な心で生きる歩みが始まります。
A生涯を全うする
アブラハムは「生涯を全うし」た、と書かれています。人生の長い短いが問題なのではなく、大切なことは、神さまが与えてくださる務めを全うすることです。パウロはテモテに、「自分の務めを全うしなさい」(Uテモテ4:5)と勧めています。生かされているということは、使命が与えられているということです。与えられた務めを全うする、そのような生涯を歩み抜きたいものです。
B天の希望に生きる
ヘブル11章には、アブラハムなど信仰に生きた人たちのことを数え上げて、「彼らが望んでいたのは、もっと良い、天にあるふるさとであった」(16)と記しています。アブラハムは、天の希望に生きたのです。
3.信仰の継承
アブラハムが死んだとき、イサクとイシマエルが彼を葬りました。イシマエルも、神さまの恵みの中にあるのです。神さまは、イサクを祝福されました。アブラハムに与えられた祝福が、イサクに受け継がれたのです。
posted by グロリアスチャペル at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記