2019年06月16日

「神が証ししてくださる」ヨハネ第一5:6〜12

私はここ2か月ほど、一つの賛美を歌い続けています。「御名を掲げて」という賛美です。その歌詞の中に「救いの道を 与えに」というフレーズがあります。こんな私のために、イエスさまがすべての栄光を捨てて、天から来てくださったのだと思ったら、嬉しかったです。喜びでした。
1.神のあかし
さて、今朝、与えられているヨハネ第一5章6〜12節には、「あかし」という言葉が繰り返し記されています。「あかし」とは、もともと裁判用語で、明確な根拠を示すことに用いられます。信仰が真実なものであるか、その確かさの根拠はどこにあるか、ということです。
6節に、そのあかしをするものは「御霊」である、と言われています。そして、そのすぐ後で「神のあかし」という言葉が繰り返し出てきます。つまり、神さまご自身があかししてくださるということです。人間のあかしに勝って、これほど確かなあかしはありません。ですから、神さまがあかししてくださることを、私たちは喜んで受け取るのです。
2.水と血と永遠のいのち
神さまがあかししてくださること、それが6節から語られている言葉です。「イエス・キリストは、水と血とをとおってこられたかたである」。水は洗礼、血は十字架を意味しています。イエスさまは、なぜ洗礼をお受けになられたのでしょうか。洗礼は罪ある人間がきよめていただくために受けるものです。イエスさまは神の御子であり、罪のないお方でしたが、そのイエスさまが洗礼を受けられたということは、イエスさまは罪人の仲間入りをしてくださった、ということです。
そして、イエスさまは十字架につけられ、血を流されました。すべての人の罪を担って、ご自分の命を捨てて、十字架ですべての罪を処分してくださったのです。こうして、イエスさまは私たちの罪が赦される道、私たちが神さまと交わることのできる道を開いてくださったのです。この水と血を通って勝利してくださったイエスさまが救い主であることを、御霊は、すなわち神さまはあかししてくださっているのです。
さらに、「そのあかしとは、神が永遠のいのちをわたしたちに賜わり、かつ、そのいのちが御子のうちにあるということである。御子を持つ者はいのちを持ち、神の御子を持たない者はいのちを持っていない」(11〜12)とあります。私たちに、永遠のいのち、死に勝ついのちが与えられていることを、神さまはあかししてくださっているのです。
posted by グロリアスチャペル at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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